- テナント企業向け
- 不動産会社向け
調査・マーケティング ― ポストコロナ時代の商業施設を考える Vol. 3
5つのトピックスから考える商業施設の“これから” (前編)
公開日:2022年3月31日
私たちは2020年代の商業施設が、中長期的な人口減少・少子高齢化・人手不足などの経営課題に対応していくために、DXなどによる生産性向上や課題解決のための準備・実践期間に突入すると想定していました。しかし、それはビフォーコロナの時点でのことです。
INDEX
より消費者に近いところへ
Vol.2では、テレワークの普及からくる「巣ごもり消費の増加」といった消費者行動の変化によって、都心型立地(*1)の商業施設は郊外型立地(*2)の商業施設よりも売上高や客数の面で苦戦していることが分かりました。そして、現在においても、その傾向は大きくは変わっていいません。
*1 都心型立地:駅前・駅近(都心部)、駅ビル・駅ナカ、繁華街、オフィス街・学生街など
*2 郊外型立地:郊外ロードサイド、住宅地など
こうした状況下では、商業施設・店舗が重視する立地が住宅地にシフトする傾向がみられています。ポストコロナ時代においても「より消費者に近づいていく」流れは当面は続くものと見込まれます。
特に飲食業では、イートイン売上高の減少を補うために、テイクアウトやデリバリーを始めた事業者が多くいます。「ラストワンマイル」を制し、競合優位性を確保するためには「消費者に近い」あるいは「消費者が多い」立地への出店が鍵となります。
また、立地によってイートイン(客席)機能を持たないテイクアウト・デリバリー・ドライブスルー特化型の店舗開発や、既存店の改装が活発化してきています。
「より消費者に近づいていく」という観点では、飲食業ではキッチンカー、スーパーやコンビニエンスストアでは移動販売車、アパレルでは企業に出向いてオーダースーツ出張採寸など、販売チャネルを多様化し、顧客との接点の場を増やしていく取り組みが活発化していくでしょう。
これらの取り組みの背景として、多くの商業事業者が「ポストコロナ時代になっても売上高や客数はビフォーコロナ時代の水準に戻らない」と想定していることがあげられます。特に駅前・駅近、駅ビル・駅ナカ、繁華街など、これまで多くの事業者が競って出店していた立地ほど売上高減少のインパクトは大きいものでした。そのため「賃料水準が下がったとしても必要売上高が確保できる見込みがなければ無理して出店しない」と、慎重姿勢をとる事業者も多くいます。このことから、こうした立地への出店意欲の回復は見通しが難しいといえます。
また、コロナ禍で、安全・安心な移動手段として自家用車の有用性が再確認されました。中長期的に見れば、ドライバーの高齢化や若者の車離れ、MaaS(Mobility as a Service)の発展といった環境変化要因は考えられます。しかし、当面はアクセスの良い郊外型商業施設の立地優位性は続く可能性が高いでしょう。
消費者は、近隣型小規模商業施設(NSC:Neighborhood Shopping Centerなど)と郊外型大規模商業施設(RSC:Regional Shopping Centerなど)をTPOSに応じて使い分けていくでしょう。今後は、相対的に自家用車でのアクセスがいいとはいえず、駐車場台数も少ない駅前・駅近の中規模商業施設(CSC:Community Shopping Centerなど)の不動産を、どのように利活用していくかが課題になると思われます。
進化するリアル店舗の使い方・使われ方
社会情勢や消費者行動・価値観の変化は、商業施設の不動産としての使い方・使われ方を変化させます。
ここでは、「リテールテイメント・ショールーミング」と「消費者にとってのサードプレイス化」の2つのキーワードについて考察してみます。
リテールテイメントとショールーミング
EC化率が上昇傾向にあるなかで、コロナ禍の直撃を受けたこともあり、近年ではリアル店舗の役割が変化してきています。従来はテレビコマーシャルや折り込み広告、あるいはウェブサイトやSNSで商品を知り、リアル店舗は実際に購入する場として使うのが主流でした。しかしここ数年、多くの事業者がリアル店舗を商品の認知やブランド体験の場にシフトさせていく動きがみられています。これも、ポストコロナ時代のトレンドの1つとなりそうです。
このような、消費者に新たな価値を提供するリアル店舗の普及とともに、「リテールテイメント」や「ショールーミング」といった概念も広がってきています。
リテールテイメントは、リテール(小売)とエンターテイメント(娯楽)からなる造語です。リアル店舗で商品やサービスを売るだけでなく、「その店でしかできない体験」という価値を提供することを指します。これにより、来店や購入意欲の促進、顧客ロイヤリティの醸成、LTV(Life Time Value:顧客生涯価値)の向上が期待できます。
例として、2020年にワークマンが新業態として開発した#ワークマン女子があげられます。#ワークマン女子は女性社員が徹底的な女子目線で企画した店舗で、SNS投稿と口コミで顧客が顧客を呼ぶ循環型集客店舗をめざしており、店舗数を増やしています。
ショールーミングは、リアル店舗で商品を実際に確認してから、Eコマースで購入するスタイルです。店舗にとっては、過剰在庫がなくなる、売場面積の適正化、接客業務専念による省力化などのメリットが、消費者にとっては商品の持ち帰りが不要になるといったメリットがあります。
例として、丸井グループは2026年3月期までに売場面積の約3割を「売らないテナント」に転換していくことを公表しています。ほかにも、大手百貨店やファッションビルなどで、本来店舗を持たないD2C(Direct to Consumer)ブランドのリアル店舗を設けることで、消費者との接点をつくり出す商業施設も増えてきています。
また、端末を使ったオンライン接客やインスタライブでの商品販売など、リアル店舗以外のところで消費者との接点を増やしていく動きは、ポストコロナ時代にますます活発化していくものと思われます。
こうしたトレンドのなかで商業施設が抱える課題の一つに、賃料設定の形態があげられます。
従来、百貨店では「消化仕入れ(商品が販売された時点で百貨店が仕入れたものとみなす)」、ショッピングセンターでは「(最低保証付き)歩合賃料」などの契約形態が用いられてきました。これらはインターネット経由の売上高がトレースできなければ、その分を賃料に反映できません。一部の百貨店は「固定賃料」に切り替えて不動産事業化を目指しているほか、大手商業デベロッパーは商業施設と連携したECモールの展開を通じて「歩合賃料」を確保しています。
一方、一部の大手ファッションビルデベロッパーは現状、Eコマース売上高に対する賃料は求めない方針としており、デベロッパーによって賃料設定の考え方が大きく異なっているようです。
中長期的な賃料設定のスタンダードがどのような形態になっていくのかを見通すのはまだ難しいですが、賃貸人・賃借人双方がWin-Winの関係を構築できる契約形態にアジャストしていくことが望まれます。
消費者にとってのサードプレイスに
日本ショッピングセンター協会「SC白書2021」をみると、2010年に開業したSCの物販テナント数比率は64.9%でしたが、2020年は54.7%と10ポイント以上減少していることが分かります。その一方で、非物販(飲食業・サービス業)テナント数比率は増加傾向にあります。
2020年の家計消費支出は、「コト消費」といわれる飲食業・娯楽業・サービス業が大きく落ち込みました。しかし、ある程度の時間はかかるものの、ポストコロナ時代のコト消費関連支出は再び増加すると考えられます。
家計消費支出が伸び悩むなかで、巣ごもり消費とリアル店舗での消費は基本的にはトレードオフの関係です。巣ごもり消費はポストコロナ時代になってもニューノーマル(新しい生活様式)として残るでしょう。そのため、商業施設はポストコロナに向けて、巣ごもり消費とリアル消費を共存させるべく、双方にアプローチしていくことが必要になるでしょう。
リアル消費につなげるために必要なこととして、商業施設が消費者にとっての「サードプレイス(3番目の居場所)」(ファースト:自宅、セカンド:会社・学校など)と化していくことがあげられます。サードプレイス化するためには、目的に応じて商業施設を使い分ける消費者に、ショッピングだけでなくその施設にわざわざ行く目的・価値をいかに数多く提供できるかが課題となります。具体的には、「癒し・くつろぎ・開放感・人とのつながり・安心・安全・体感・体験・共感・情報発信・利便性・健康増進・生涯学習」などがキーワードとなりそうです。例えば、公園に行く、散歩に行く、体操教室に行く、催事やイベントなど何か面白いことをしているなどです。消費者が生活シーンの中で様々な価値を感じられる施設であることが、競合施設との差別化になるでしょう。
2020年に開業したユニクロ PARK 横浜ベイサイド店は、階段状に作られた3層の建屋に家族で楽しめる屋外型の公園を併設しました。また、東京都立川市のショッピングモール・GREEN SPRINGSは、ウェルビーイングタウンをテーマとし、隣接する昭和記念公園と一体感を持たせ、水と緑豊かな約1万㎡の中央広場を有しています。そして渋谷区のMIYASHITA PARKでは、広場・ボルダリングウォール・スケート場・多目的運動施設などが整備された渋谷区立宮下公園を施設屋上に配置しました。
働き方改革の流れを受け、一つの商業施設内でできることも増えると考えられます。例えば朝はフィットネスで汗を流し、喫茶店で朝食をとったのち、フレキシブルオフィスでの業務を行い、業務終了後は夕食・買い物・映画鑑賞などをしてから帰宅するといった使い方も現実に可能となってきています。
従来の商業施設の多くは「ライフスタイル提案」をキーワードとしていましたが、これからは消費者にとってのサードプレイスとして「ライフスタイル提供」の場に進化することが求められています。
ショッピングプロセスのデジタル化
これまで、ショッピングといえば店舗に行き、商品を見て、その場で購入するのが一般的な流れでした。しかしインターネットの普及に伴い、ショッピングプロセスのデジタル化が進んでいます。DX戦略は、商業施設・店舗において重要なものとなってきているのです。
商業事業者にとって必須のDX戦略
多くの商業施設・店舗におけるDX戦略への取り組みの実態は、いまだ「黎明期」「試行錯誤」の段階にあります。その背景としては、デジタル・ITの進化は日進月歩であること、DXの領域自体がかなり広範であること、DXを推進するためのIT人材が絶対的に不足していることなどがあげられます。
DX領域の範囲が広いことの一例として、日本最大の展示会主催会社・RX Japan株式会社(旧社名:リードエグジビションジャパン)が2021年12月に開催した「第1回 商業施設・店舗DX展」において出展対象となる製品・サービスを以下に記しました。
- 無人店舗化システム
- 省人化システム
- デジタルサイネージ
- サービスロボット
- 施設管理システム
- 店舗向けIoT設備
- 顔認証
- サーモグラフィー
- スマートロック
- セキュリティ
- VR / AR / MR
- AI / データ活用サービス
- 管理業務支援
- 集客支援
- CRM / 顧客管理
- 物流 / 在庫管理支援
また、経済産業省によると、2030年に不足するIT人材は約79万人と推計されています。データサイエンティストなどの育成を目指した産官学の連携が進んでいるものの、現状、DX戦略を強力に推進できるIT人材を確保できている商業施設・店舗は少ないと考えられます。
DX戦略は、商業施設・店舗におけるマーケティング・商品開発・生産・輸送・在庫管理(発注・納品)・顧客管理・店舗人員最適化・販促・接客・販売・配送といった全ての業務プロセスに関連しており、新たなCX(*3)の提供、CS(*4)やES(*5)向上のためにも必要不可欠です。最近では事業のオンライン化が進んでいることにより、DX戦略はますます複雑化してきています。事業者は、部署ごとに個別の施策を検討するのではなく、DX専門部署やプロジェクトを立ち上げ、CIO(最高情報責任者)を中心として商業デベロッパーや外部専門業者などと協働してDX戦略の立案を図るべきと思われます。
*3 CX:Customer Experience(顧客体験)
*4 CS:Customer Satisfaction(顧客満足度)
*5 ES:Employee Satisfaction(従業員満足度)
スマートストア化で新たなCXを提供
近年、コロナ禍における非接触ニーズに対応するため、会計業務の省力化(あるいは無人化)のような、リアル店舗におけるスマートストア化の取り組みが広がっています。その目的は人手不足を解決し、生産性の向上を図ることだけでなく、消費者に新たなCXを提供し、CS・ESの向上につなげていくことにあります。さらには様々なデータを集積・分析し、今後の戦略策定に活用することでより魅力のある店舗づくりを進めることにもつながります。
日本における代表的な事例としては、福岡に本社を置くトライアルカンパニーがあげられます。
同社が運営するスマートストアには、トライアルグループが独自開発したAIカメラが設置されており、顧客動線の改善や欠品を起こしにくい商品棚作りに役立てています。また、顧客が自ら購入商品をスキャンし、支払いを完了させることができる「スマートショッピングカート」があります。カートにはタブレット端末が搭載されており、スキャンした商品に応じておすすめ品やクーポンが表示されます。さらに、2022年から導入される次世代モデルでは、カート収納部のセンサーがスキャンされていない商品を検知した場合、タブレット画面にアラートを表示する機能が備わり、ロス率の減少に貢献します。
SNSの活用でCX・CSを向上
商業施設・店舗がTwitter・Facebook・InstagramなどのSNSを活用することは当たり前になってきています。しかし、内容はウェブサイトとほぼ同様に、販促施策としてのキャンペーンやイベント告知などが多く、機能的にはこれまでのチラシなどと比べてさほど進化していない事例も多いようです。
SNSを活用した販促事例としては、PRマンガ(TwitterやInstagram上で漫画家などに商品の使用感を漫画にしてもらい、広告とするもの)や、TikTok売れ(日経トレンディの2021年ヒット商品ランキングで1位となった、TikTokで動画紹介された商品が売れること)などがあり、従来の販促広告に取って代わる可能性を秘めています。
また、人気のある企業公式Twitterには、多数のフォロワーに愛される「中の人」の存在があります。商業施設・店舗側からこうした仕掛けを通じて多くの地域住民に働きかけることで、リアルでなくとも「癒し・くつろぎ、人とのつながり、安心、共感、情報発信」などを提供できます。商業施設・店舗のファンが増えることで、巣ごもり消費にアプローチするとともにリアル商業施設・店舗の来館頻度アップにつながっていくでしょう。CXやCS向上のためのSNS有効活用には、まだまだ創意工夫の余地がありそうです。
コロナ禍で人気となった「あつまれ どうぶつの森」では、ゲームの仮想空間内で卒業式・結婚式・芸能人ライブ・バーチャル美術館ツアー・会社説明会・行政情報の発信・選挙活動(バイデン大統領)・店舗出店(ツルハ・ケンタッキー)などが行われました。今後、メタバース(オンライン上に構築された三次元の仮想空間)の進展によりVRコマースが普及していくことも考えられます。
双方にメリットをもたらすEコマースの進展
Eコマースの進展に伴い、ラストワンマイルのあり方が多様化しています。ビフォーコロナ時代から、Eコマース商品の受け取り場所に通勤途中の店舗やコンビニを指定することが可能になったり、様々な宅配事業者が利用できるオープン型宅配ロッカーの普及が進んだりしています。
さらに、コロナ禍により米国発の「BOPIS(Buy Online Pick-up In Store)」とよばれるサービスが家電・家具・ホームセンター・総合スーパー・食品スーパー・ドラッグストア・ファーストフードなどで普及してきています。これは、消費者がアプリで事前に商品を注文・決済を済ませたうえで、リアル店舗に来店し、専用カウンターやロッカーもしくは駐車場で商品を受け取るというサービスです。商業施設・店舗としては物流コストの削減、消費者は買い物時間の短縮など双方にメリットがあり、Eコマースの新たな形として普及していく可能性があります。
「ライブコマース」も、Eコマースの新たな形態の一つです。従来のEコマースは基本的に消費者が商品選定・注文・決済まで自己完結で行います。一方のライブコマースは、そこに人とのコミュニケーションを付加していくことで、消費者により良いCXを提供することが可能となるため、アパレルを中心に取り組む事業者が増えてきています。ただし、現状ではインフルエンサーや著名ブランドの販売力が大きく、商業施設・店舗スタッフが行うためには、上述したようにSNSの活用による地域住民・消費者とのネットワーク構築、ファン作りが課題となります。
Eコマースは売上高比率が低いこともあり、ビフォーコロナ時代には本社・本部が対応する別事業と捉えている事業者も少なくありませんでした。しかし、コロナ禍を経験した現在、Eコマースはもはやリアル店舗の売上高減少を補う単なる補完機能ではありません。Eコマース戦略は、オンラインとオフラインを融合させ、個々の消費者に最適なサービスを提供することで新たなCXの提供とCSの向上を目指すための重要な戦略の一つとなるでしょう。
5Gの普及で「体験」を提供
コロナ禍では、飲食業と同様に娯楽・エンターテインメント業界も大きな影響を受けました。今後、同業界でもITを徹底的に活用したDXの進化が求められます。そのために重要なのが、5Gの普及です。
総務省「令和2年版 情報通信白書」によると、2020年にサービスを開始した5Gの日本での普及率は現在10%未満といわれています。しかし、本格的に普及していけば5Gを利用したエンターテインメント体験が誰でも手軽にできるようになるでしょう。今後は商業施設においても、遠隔地でのイベントに直接参加しているかのような臨場感を味わえるエンターテイメント体験を提供することができるかもしれません。
実際、コロナ禍でステイホームが求められていた2020年に、渋谷5Gエンターテイメントプロジェクトによって実施された「バーチャル渋谷 au 5G ハロウィーンフェス」には、全国各地から約40万人がオンラインで参加しました。参加者は好きなアバターに仮装してバーチャル上の渋谷を自由に歩くことができ、フォトブースでの人気キャラクターとの記念撮影、隠れキャラを見つけるゲーム、バーチャル仮装コンテスト、限定オフィシャルショップなどのほか、日替わりで音楽ライブやトークイベントなどが開催されました。
MICE施設も同様で、今後はリアルとデジタルが融合したハイブリッド型に進化していくものと思われます。これまでのように、立地や施設の規模が必ずしも優位性を持つのではなく、提供される価値・体験などの内容により、参加方法を弾力的に選択できる機能性がより重視されるようになるでしょう。