- テナント企業向け
調査・マーケティング ― マーケティングのヒミツキチ Vol. 5
変化対応業としてのショッピングセンターは死んでしまったのか?
公開日:2025年3月21日

長曽 雅彦
株式会社コネクト 代表取締役

かつては「変化対応業」と言われていたショッピングセンター界隈
「ショッピングセンターというのは変化対応業だよ」
もう30年以上前のお話ですが、ショッピングセンター業界に足を踏み入れた私に、職場の先輩が
そんな言葉を掛けてくれました。常に変化する消費者ニーズに応える柔軟性や、社会的な役割を意識しながらどれだけ革新していけるかがショッピングセンターの肝だと教えられました。
地域ニーズに応えるためのテナントミックスはもちろんのこと、お客様が快適に楽しく過ごせる空間設計、コミュニティとして交流できる場づくり、心ときめくイベントなど。買物だけじゃない空間をみんなでつくっていくんだという気概のようなものが、当時確かにあったような気がします。
あれから30年以上経った今、ショッピングセンターはどれくらい社会の変化に対応できているでしょうか。私の本音は「あまり変化に対応できてないのではないか」というものです。
「あの頃、新しい商業業態に携わる人々が抱えていた熱い思いは、いったいどこに行ってしまったんだ?」と。むしろ、ショッピングセンターという業態のフォーマットやお約束に縛られて、がんじがらめになっているようにも感じるのです。
こうしたことを感じるのは、ショッピングセンター業界の方々とお話ししている時よりも、テナントの店舗開発御担当や現場の店長さんなどとお話ししている時に強く感じます。
お客様に直接接して、時代の風をいち早く感じ取ったり、最新のテクノロジーを導入していくことが求められる立場だからこそ、テナントは社会への変化対応力が高いのだと思います。
最近では、そうしたテナントの声をショッピングセンター側のディベロッパーやオペレーターに伝える機会も多くなっています。テナントの本音をショッピングセンター側が今後どのように活かして、変えていけるか。ここが今後のショッピングセンター業態の盛衰に大きく関わってくると思います。
テナントにとってショッピングセンターは今後も重要な位置を占める業態ですので、今後皆さんがショッピングセンターに出店する際に、善し悪しをどのように判断するか。また、既に出店しているショッピングセンターについては、どのような働きかけをしていくことが重要か。
今日は、そんなお話をしたいと思います。
変化対応業の申し子、ビクター・グルーエン
本題に入る前に、少しだけショッピングセンターの成り立ちから見てみましょう。
人類史上初のショッピングセンターは、紀元113年にローマに建設された「トラヤヌスの市場」と言われています。古代ローマの中心地に様々な店舗や施設が集まり、多くの市民や旅行者、商人などが利用していました。2000年以上前にこんな立派な建物が建っていたのが凄いですよね。

時代は駆け巡り、時は一気に1900年代に入ります。
近代型ショッピングセンターの起源には諸説ありますが、一番ポピュラーな説としては1956年にアメリカ初の屋内ショッピングモールとして設計された「サウスデール・センター」が挙げられます。このショッピングセンターを手掛けたのはオーストリア出身の建築家ビクター・グルーエンです。
モータリゼーションの進んでいたアメリカで、グルーエンは館を巨大な駐車場で取り囲み、車社会に適応する形で設計しました。それだけでなくグルーエンは今までの単なる買物の場であったショッピングセンターを根底から覆す理念に基づき、新しい業態をつくっていきました。
グルーエンの理念とは、広々とした通路や自然光が降り注ぐ空間でショッピングを楽しめるだけでなく、地域社会のコミュニティ活動や様々なレクリエーションも楽しめる、社会的な交流の場というものでした。当時の方々にとって「サウスデール・センター」は、とても刺激に満ち溢れた場所となり、その後のショッピングモール設計に大きな影響を与え、一気にアメリカ全土に広がっていくこととなります。
モータリゼーションや人々の購買行動、時間の使い方などの変化をいち早く感じ取り、変化に対応していったのがビクター・グルーエンという人でした。彼はまさに「変化対応業の申し子」でした。
その後日本でも1969年に本格的なショッピングセンターとして「玉川高島屋ショッピングセンター」が開業し、現在のショッピングセンターの形が形成されていきました。

現在のショッピングセンターは「変化に対応」できているのか?
グルーエンが形作った「新しいショッピングセンターの形」はとてもよくできていて、基本的なフォーマットは現在まで脈々と受け継がれています。とはいえ「サウスデール・センター」ができてから69年、「玉川高島屋ショッピングセンター」開業から56年も経った現在。変化対応業であるショッピングセンターは大きな変化を遂げているのでしょうか。私にはあまり変わっていないように思えるのです。
56年前と言えば昭和40年代の前半ですから、電話もまだ未開通の家庭も多く、有線放送電話という、市町村などが地域内で敷設した固定電話兼放送設備もありました。携帯電話など未来の夢の世界のモノで、テレビは白黒。パソコンなどという代物は当然なく、紙と鉛筆が基本の世界。
この50年という短い時間の中で、世界は目まぐるしく進歩してきました。
でも、そんな激しい変化に対応して、ショッピングセンターは進化しているのでしょうか?
たとえば、テナントと運営管理会社の間のコミュニケーションについて振り返ってみましょう。
●テナントと運営管理者(オペレーションセンター/運営管理事務所など)の間でデータを遣り取りする時、未だに「紙ベース」の資料がほとんどになっていませんか。(はい/いいえ)
●店長会やテナント会、店長面談などが、リアル会議や立ち話だけで行われていませんか。(はい/いいえ)
●人出不足で営業時間中のシフトを回すのに苦労しているけど、ショッピングセンターの営業時間はずっと固定されていませんか。(はい/いいえ)
●テナント側が知りたいデータについて、即座に回答データが出てこないことがありますか。(はい/いいえ)
このようなチェックポイントに対して、2つ以上「はい」があれば、そのショッピングセンターとのコミュニケーションについては問題あり、と言わざるを得ません。
変化対応が進んでいるテナントサイドから、モタモタしているショッピングセンターサイドにこのようなことをどんどん突っ込んでもらいたい、と思うのです。
これだけテクノロジーが進化した現代において、テナントに「もっと売ってもらいたい」「もっと店長さんをサポートして、業務を円滑に行ってもらいたい」と考えるショッピングセンターであれば、いろいろと改善策を検討するか、既に改善しているはずなのです。
テナントコミュニケーションに限った話ではないのですが、社会の急激な変化に対してショッピングセンター側が行う対応は、以下の3つくらいのパターンに分かれます。
①今の状態はよろしくないので、少しずつでも変化に対応している企業
②今の状態はよろしくないが、変化に対応するためのリソースが不足しているので検討中の企業
③そもそもこうした変化には無頓着で、今までのやり方を変えようとしない企業
ショッピングセンターを出店先として選ぶ際には、①の企業が最も望ましいのは言うまでもありません。
①のような企業はテナントやお客様、地域住民などの要望や意識の変化に敏感に対応しようとするため、施設として提供するMDやサービスが向上し、ショッピングセンターとして成長性が高くなる傾向が見られます。成長性の高い企業は、結果的にテナントにとって最も大切な集客力を長期間に渡って確保することができます。(※具体的にはNPS(ネットプロモータースコア)という分析方法を用いて企業の成長性を測定するのですが、この説明はまた別の機会にて)
ショッピングセンターや小売業の「変化対応」については、まだいろいろとお話ししたいことやお伝えしたいことがあるのですが、それはまた次回にて。