【過去の推移】拡大を続けてきたオフィスマーケット

産業構造の転換や都心部への産業集積・人口流入・女性の社会進出などを背景に、オフィスワーカーは増加し、オフィスビルの需要が高まりました。“働く人”の増加に伴い“働く場所”としての「オフィス」の需要も増大していきます。

バブル期にはオフィス不足が叫ばれるようになり、不動産事業者だけでなく、一般事業会社や個人事業者までもが「オフィスビル事業」へ参入するほどでした。

その結果、都心部だけでなく、周辺エリアにも中小規模のオフィスビルが急増します。

※【図表1】のオフィスピラミッドは、人口ピラミッドが男女別に年齢ごとの人口を表すように、オフィスビルを大規模(右側)と中小規模(左側)別に、築年ごとに賃貸面積の分布をみたもの。左右の面積はほぼ同じですが、左側の中小規模ビルはバブル期(築20年未満の層)に集中しているのがわかります。

【図表1】【2000年】オフィスピラミッド(東京23区:賃貸面積ベース)

バブル崩壊以降は経済復活の一施策として大型のオフィスビルが次々と建てられるなど傾向の変化もありつつ【図表2】、それらはオフィス需要の拡大によって確実に消化されていきました。

【図表2】【2023年】オフィスピラミッド(東京23区:賃貸面積ベース)

【現在の状況】コロナ禍を機に「企業がオフィスビルを選別する時代」に

ところが2020年、新型コロナウイルスの感染拡大によって、オフィスワークを取り巻く環境がさらに変化しました。コロナ禍で”集まること”自体が感染リスクとされ、「テレワーク」が急速に普及していったのです。
そして、テレワークの普及は働く場所と働き方を見直すきっかけとなり、企業がメインオフィスの役割・価値を再考する機会となりました。

そんな流れを受け、東京 23 区のオフィスマーケットではコロナ禍前後で空室率が約3%上昇しています。

コロナ禍前、2020年第1四半期
空室率1%弱

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コロナ禍後、2022年第3四半期
空室率4%強

ただし、すべてのビルで同様に空室が増加したわけではありません。両時期の空室率を築年・規模別で見ると、

コロナ禍前、2020年第1四半期
= 築年・規模に関わらず、総じて空室率は低め

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コロナ禍後、2022年第3四半期
築年・規模で空室率に差があり
例えば、築0〜10年の築浅ビルの空室率は大規模ビルが低く、
中小規模ビルは高い(【図表3】:青枠)
また、大規模ビルでは、築21〜30年のビルが
他の築年のビルと比べて高い(【図表3】:赤枠)

【図表 3】規模・築年別でみた 2020 年第 1四半期と 2022 年第3四半期の空室率(都心5 区) 

まとめると、築年・規模で空室率に差が現れており、エリア別でも見ても、空室率の差が現れています。

コロナ禍前、2020年第1四半期
=どのエリアも総じて低い。

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コロナ禍後、2022年第3四半期
「北品川・東品川」「芝浦・海岸」などが大きく上昇し、
「渋谷・道玄坂」「京橋・八重洲・日本橋」「丸の内・大手町」
などは小幅な上昇にとどまる(※1)

※1:(参考)「2022年12月15日公表「最近の空室率上昇を読み解く(2022年)」 

このようなデータから、ポストコロナを見据える企業が、買い手市場の中で、自社のニーズを満たすオフィスを築年・規模・エリアの観点からも厳しく選別している、ということが読み取れます。

「移転したくても、選択肢が少なく、適切な移転先が見つからない」というこれまでのオフィスマーケットは、もはや過去のものになりつつあるのです。

【20年後の姿】変わるオフィス需要と20年後の「空きビル問題」

オフィス需要の継続した拡大は期待できない

これまでのオフィスマーケットは、新規供給でオフィスストックが拡大しても、需要が追いつくかたちでバランスを保ってきました。しかし、これからは、その需要に「量」と「質」の両面で変化が生じ、大きな需要拡大を期待することは難しくなると思われます。 

■オフィス需要拡大が期待できない原因①:「量」の問題

人口減少時代に突入した日本では、生産年齢人口は1990年代をピークに減少傾向が続いており、都心部におけるオフィスワーカーの数も、遠からずピークを迎えて減少に転じる。

■オフィス需要拡大が期待できない原因②:「質」の問題

テレワークによって働き方の「質」にも不可逆的な変化が生じ(都心企業の社員が転職することなく地方移住するなど)、コロナ禍後も、この「働く場所の分散化」が進展する可能性が高い【図表4】。

【図表4】働く場所の分散化

さらに、AI(人工知能)の導入や DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進により、労働需給の構造自体も大きく変容しつつあり、オフィスワーカーが余剰になる時代の到来も指摘されています。

・オフィスワーカーが大きく増加する可能性は低い。
・働く場所が多様化し、オフィス(働く場所)の需要が多極分散化する。
・テクノロジーの進歩により、オフィスワーカーの業務が減少する可能性がある。

以上のような要因から、「働く場」としてのオフィスの継続的な需要拡大は見込みづらいという未来予測が立つのです。

スペックの低い築古ビルは選ばれず、「空きビル問題」が現実化する

テレワークの普及やオフィス需要の打ち止めなどの要因により、今後、オフィスマーケットには一定量の空室がある状況が常態化していくでしょう。そして、企業によりビルは選別され、「テナント需要を取り込むビル」と「そうでないビル」の差が鮮明になっていくと予想されます。

近年では、ハード面(耐震や免振設備、省エネ性能の高い設備の導入など)だけでなく、ソフト面(ウェルビーイングへの意識など)にも配慮がなされたオフィスビルが登場しています。このようなハイグレードビルは、自社ブランディングや採用などの観点から、今後も企業の需要を集めていくでしょう。

その一方で、築古ビルの中には、テナント誘致に苦戦するビルが出てくると思われます。

・物理的劣化(経年により耐震性に問題が生じた、破損箇所が生じた、など)
・機能的劣化(経年により設備に不備が生じた、最新のテクノロジーとのアンマッチが生じた、など)
・社会的劣化(経年により社会的要求水準が上がっていく中で、テナントの最低限のニーズにも応えられなくなった、など)

もし、管理(所有)しているオフィスビルが、上記のような問題を抱えたまま放置されていると…

テナントが決まらず、収入が安定しない

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       テナント誘致のための設備投資が困難になる                             

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 賃料は低水準化し、それでも入居テナントが見つからない

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 テナントを募集する仲介会社にとっても、扱いの優先順位が下がる

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 ますます企業から見放され、空室は解消されない

といった悪循環に陥り、ビル自体もデッドストック化する恐れが生じてきます。

実際、築古ビルの中には、長期的に空室を多く抱えているものが一定量あることが分かります【図表 5】。

とはいえ、そういった築古ビルの中でも、1981年以前のビルより、バブル期を含む 1982 〜2000 年に竣工したビルの方が、空室率が高くなっているのは興味深いところです。

その理由としては、

・オフィス街が形成される初期に竣工された1981年以前のビルは、より良い立地にポジショニングしているケースが多くみられる。
・1981年以前のビルの方が、むしろ、リニューアル工事が施されているケースが多い。

などが考えられます。

それに比べて、バブル期に大量に供給された中規模ビルの中には、競争力が低下してテナント募集に苦戦しているビルが多い印象です。

そして、そういったビルのデッドストック化は、20年後の「空きビル問題」に直結します。ある程度確度の高いこの未来予測に対して、我々はどう向き合うべきでしょうか?

【図表5】長期間空室を抱えている(※2)ビルの割合(棟数ベース) 
※2:空室率が20%以上の状態が1年以上続いているもの

オフィスの築古化とストック拡大の終焉

【図表6】は、今から20年後の東京のオフィスストックの姿を示した「オフィスピラミッド 2043 年」です(※3)。

※3:将来的に需要の拡大は見込まれず、ビルの新陳代謝も抑制されるという想定のもとに予測。新規供給については、 2024〜26年分は公表計画どおり、2027年分以降は2024〜26年分の半数で推計。滅失については、年代別にストックに対して滅失する面積の割合を、2000〜26年分の半数として推計。 

グラフ左側の中小規模ビルの平均築年が 、2043年には 48.9年(2023年時点では 33.0年)となり、多くの中小規模ビルが築50年を超えることとなります。一方、グラフ右側の大規模ビルでも平均築年数は35.9年(2023年時点では 23.0年)となり、築古化が進むことがわかります。 

また、将来的にはオフィスストック総量の減少が予想されます(1,311万坪/2023年→1,243万坪/2043年)。

ストック拡大が続く時代は終焉を迎え、需要に見合った新規供給とストック量を考える時代の到来が目前まで近づいてきている。そのように、今から心構えをしておくことが大切です。

【図表6】【2043年】オフィスピラミッド(東京 23区:賃貸面積ベース) 

さいごに

時代・社会・産業構造が変われば、不動産の使い手、使われ方も当然変化します。バブル期に建てられた数多くの中小規模ビルの最有効使用が、これからも「オフィス」のままであり続けるとは限りません。

今回の記事が、現実化するかもしれない「空きビル問題」を自分事として認識し、これからについて議論を始めるきっかけとなれば幸いです。

「オフィスの未来」を読む:ザイマックス総研